交通の場は、刻一刻と変化する現場状況にあわせて、臨機応変かつ瞬時瞬時の判断が求められます。
事故を起こしてしまったとき。
事故に遭ってしまったとき。
あのときこうしていれば。。という後悔は、大部分の当事者の方々が経験するものでしょう。
そんな後悔をしないために、日々、予測力を鍛える、いや、予測し続ける脳の働きを活性化させ続けることが必要です。
自宅や建物のなかにいない限り(家に車が突っ込むとうい事故もありますが)、ひとたび我々が外にであれば、道路があり、道路があるかぎり、そこはすべて交通戦争の戦地です。
ここはどういう場所か。
ここは何が起こりうるのか。
考え、予測し続けることが絶対に必要です。
だって、戦地なのですから。
2015年の年末から、私はバイクで通勤するようになって、ほぼ毎日バイクに乗るようになっておりますが、
そんな私が日々実践する予測例をいくつかあげますと、
・この道路は左側に停車している車が多い。→ 不用意に左側に移動して、衝突するようなことのないようにしよう。
・この道路はタクシーがよくお客さんを拾う。→ 自分の前を走るタクシーが急減速するかもしれない。→ そのつもりでこちらも減速の心の準備をしておこう。
・前を走行中の車が、左ウィンカーをだして、左側に寄った。→ 停車するのだろう。→ なぜか左側に完全によらずに、中途半端な速度で走行を継続している。→ 停車するのをやめて、やはり通常走行に戻ろうか逡巡しているのだろう。追い抜くような加速はやめて少し様子をみよう。
・進行方向前方左側にタクシーが停車している。→ この通りのタクシーは、右ウィンカーをつけた瞬間に発進してきたり、つけずに発進してくるから、追突しないよう減速・回避の心の準備をしておこう。
・あ、白バイがいる。→ 白バイだから交通ルールをきっちり守るはずだから、その前提でこちらも行動しよう。
・横断歩道に杖をついて歩いている高齢者の方がいる。→ 転んだら大変だ。あわてずに待とう。
・歩道に子どもたちがいる。→ 青信号を発見して、いきなり走りだして、左右の確認もせず横断歩道に突っ込んでくるかもしれない。→ 加害者にならないように気をつけよう。
・交差点の信号で停止中、前の車のドライバーが、運転席から手をだして、タバコの灰を道路に捨てた。→ マナーが悪いな。→ とにかく気をつけよう。
・自分を追い抜いて行った車の背面ガラスに、◯※△×■※のステッカーがたくさん貼ってあった。→ 趣味があれだな。→ とにかく気をつけよう。
・前に停止中の車に交通安全の御札シールが貼ってある。→ わるい人ではないだろう。
等々。
最後の三つは冗談ですが、予測力を鍛える、あらゆることを予測するという意味では、必要な思考訓練ではあるとも思っております。
とまあ、日々、そんな予測をしながら、事故を起こさないよう、事故に遭わないよう気をつけているつもりですが、
交通事故の当事者になってしまった方々は、自分としては考えられる予測はすべてして、とりうる回避策はすべてとっていたということもあるかもしれません。
あのときどうしていればよかったのだろう。。避けようがなかった。。ということも、やはりあるのではないかとも思うのです。
そのような事故の報に接っしたとき、私達はどのような態度をとるべきなのか。
やはり、私達としては、そのような事案からも、取り出しうる教訓は必ずあるはずだとの前提で、
できる限り詳細な情報を把握したうえで、そこから、取り出しうる教訓を、取り出しうるだけ取り出し、
私達が行う、日々の行動予測の選択肢に加えられるものはすべて追加して、
もし私達が、似たような事故に遭いそうになったときに、それを回避できるように備えるべきではないかと思っています。
仕事上、私は、紛争や事故の当事者の方々に接することが多いわけですが、
もし事前に、彼らが、過去の事例の知識さえもっていたらなぁと感じることは珍しいことではありません。
つまり、人は、自分の経験していないことであっても、
過去の人類(というとおおげさですが)が犯した過ち、悲劇、事故などの詳細を知っておくだけで、
要は、過去の事例の知識があるだけで、
自分が同じ過ちを犯してしまう可能性を、
ゼロにできないまでもかなり低くすることができるものです。
その意味で、どんな事故からでも、教訓を得ようとする営みぐらいは、
後悔のないようにし続けることの大切さを皆で共有できればと願っております。
そのような心構えをしておくことぐらいしか、実際にできることはないのです。
そして、その心構えのおかげで、
生命が助かる、死ななくて済む(殺さなくて済む)ということは、
確実にあるはずです。
新宿 弁護士青島克行の道路交通に関する法律相談室


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